すり鉢と石臼の調理文化
2026/10/21
香辛料や香味野菜を細かくする方法には、包丁で刻む、すり鉢でする、石の上でつぶす、電動ミルで粉砕するなど、さまざまなものがあります。
どの方法でも材料を細かくできますが、完成する粒の大きさや水分量、食感は同じではありません。
ただし、手作業なら必ず香りが豊かになる、電動の道具では本格的な味にならないとは限りません。材料、道具、粉砕時間、温度などによって仕上がりは変わります。
日本のすり鉢と、世界各地で使われる乳鉢や石臼を同じ道具として扱わず、それぞれの特徴と調理工程を見ていきましょう。
目次
1.すり鉢はカレー専用の道具ではない
日本のすり鉢は、一般的に陶器で作られ、内側に「すり目」と呼ばれる溝があります。すりこ木を押し当てて動かし、材料を細かくしながら混ぜる道具です。
ごま、味噌、豆腐、魚肉、山芋など、さまざまな食材の調理に使われてきました。ごま和え、白和え、とろろ、つみれなどが代表例です。
一方、香辛料をすり潰したり、にんにくやしょうがをペースト状にしたりすることもできます。ただし、日本で昔からカレーを作るために使われてきた専用道具ではありません。
日本に広まったカレー粉は、あらかじめ複数の香辛料を粉末にして配合した商品です。家庭では、市販のカレー粉や固形ルーを使えば、すり鉢で原料を粉砕する必要はありませんでした。
したがって、「日本の伝統的なカレー文化をすり鉢が支えてきた」とまではいえません。現在のスパイス料理に、日本の調理道具を応用できると考えるのが適切です。
2.日本のすり鉢はどのように使われてきたのか
大阪歴史博物館によると、すり鉢は中世・近世の遺跡から広く出土する生活用品の一つです。
備前焼、丹波焼、信楽焼、唐津焼などがあり、口の形、土、すり目には産地ごとの違いが見られます。国立歴史民俗博物館の資料にも、鎌倉時代から室町時代とされる備前焼のすり鉢が収蔵されています。
ただし、出土したすり鉢で何を調理していたのかは、すべて明らかになっているわけではありません。使用痕や付着物、料理書などを組み合わせた研究が必要です。
現在のように内側の広い範囲へ細かなすり目を付けた形が、最初から存在したとも限りません。時代や産地によって、すり目の本数や密度が異なります。
日本のすり鉢の起源や伝来経路についても説明は一つではありません。朝鮮半島から伝わったとする資料などがありますが、起源が完全に確定しているとはいえないため、断定は避ける必要があります。
3.世界の乳鉢や石臼は形も使い方も異なる
食材を砕いたり、すり潰したりする道具は世界各地にあります。
深い器と棒状の道具を組み合わせる乳鉢型もあれば、平らな石の上で別の石を前後に動かす石皿型、大きな石臼で穀物を粉にするものもあります。
素材も石、木、金属、陶器などさまざまです。香辛料だけでなく、穀物、豆、唐辛子、香味野菜などにも使われます。
南アジアにも、石の上で香辛料や香味野菜をすり潰す道具があります。ただし、道具の名称や形、用途は、国、地域、言語、家庭によって異なります。
一つの名称を南アジア全体の共通語として紹介したり、「現地では必ず石臼を使う」と説明したりすることはできません。現在では、家庭や飲食店でミキサーやグラインダーも広く利用されています。
伝統的な道具が残っていることと、すべての家庭が日常的に使っていることは別です。
4.「する」「たたく」「切る」では仕上がりが変わる
材料を細かくする動作には、いくつかの違いがあります。
すり鉢では、材料をすり目へ押し付け、つぶしながら混ぜます。乳鉢では、上からたたいた後に円を描くようにつぶす使い方があります。包丁では切断し、フードプロセッサーでは高速で回転する刃によって細かくします。
どの方法でも細かくできますが、粒の大きさがそろうとは限りません。
粗い粒を残せば、かんだときに香りや食感の変化を感じやすくなります。細かくすれば、料理全体へ分散させやすく、なめらかなペーストへ近づきます。
ただし、「すり鉢は細胞を壊さない」「電動器具は摩擦熱ですべての香りを失う」という説明は正確ではありません。どちらの方法でも組織は壊れ、作業時間や量によって温度も変化します。
道具だけでなく、材料の量、水分、粉砕時間を含めて比較する必要があります。
5.水分を加えて作るスパイスペースト
乾いた香辛料を粉にする方法を乾式粉砕、水や油などを加えながら細かくする方法を湿式粉砕と呼ぶことがあります。
湿式粉砕では、しょうが、にんにく、唐辛子、香辛料などを、一つのペーストにまとめることができます。材料が飛び散りにくく、料理へ均一になじませやすいという特徴があります。
一方、水を加えると保存性が変わります。乾燥した香辛料と同じように常温で長く保存できるとは限りません。作ったペーストは早めに使用し、保存する場合は材料と衛生状態に応じて適切に冷蔵・冷凍する必要があります。
コリアンダーシードを使った研究では、湿式微粉砕したペーストと、乾式粉砕した粉末へ水を加えたものとで、加熱時の香気成分の放出に違いが確認されています。
ただし、これは特定の原料と機械、実験条件による結果です。すべての香辛料や家庭用すり鉢で同じ結果になるとは断定できません。
6.手作業と電動器具に優劣はない
すり鉢は、材料の状態を目で確かめながら、細かさを少しずつ調整できます。少量のごまや香辛料をつぶし、そのまま調味料と混ぜられることも利点です。
一方、電動ミルやフードプロセッサーは、多量の材料を短時間で処理できます。飲食店の仕込みや、家庭で時間を短縮したい場合には有効な道具です。
調理器具によって、食感や混ざり方が変わることはあります。しかし、その違いが必ずおいしさの優劣になるわけではありません。
日本調理科学会の研究発表では、すり鉢とフードプロセッサーで作った料理に、物性や食感の違いが示された例があります。料理によっては、総合的なおいしさに明確な差が確認されなかった例もあります。
伝統的な道具を使うことには、工程を体験し、手の感覚で仕上がりを調整する価値があります。電動器具には、時間と作業量を減らし、一定の状態へそろえやすい価値があります。
目的に合わせて選ぶことが重要です。
7.コモやんの視点|粒度を残すか、なめらかにするか
ここからは、コモやんとしての個人的な見方です。
香辛料をすり潰すとき、私は「細かいほどよい」とは考えていません。
黒こしょうやクミンを少し粗く残せば、食べたときに部分的な香りが立ちます。にんにく、しょうが、青唐辛子をなめらかなペーストにすれば、煮汁全体へなじみやすくなります。
すり鉢の良さは、途中で止めて状態を確認できることです。粒を残すのか、調味料と一体になるまでするのかを、手の感触で決められます。
一方、多量の仕込みを手作業だけで行うと、時間や力のかかり方に差が生まれます。店の仕込みでは、電動器具で全体を処理し、最後に一部だけを粗く砕いて加える方法も考えられます。
伝統的な道具を使うこと自体が目的ではありません。なぜその道具を選ぶのか、どのような粒度や食感をつくりたいのかを考えることが大切です。
次に香辛料や香味野菜を細かくするときは、同じ材料の一部をすり鉢、残りを電動器具で処理して比べてみてください。香りだけでなく、粒の残り方、舌触り、料理へのなじみ方にも違いが見つかるかもしれません。
参考資料・出典
・大阪歴史博物館「豊臣期のすり鉢」
https://www.osakamushis.jp/news/2021/tenjigae/220309.html
・国立歴史民俗博物館「すり鉢」
https://khirin.rekihaku.ac.jp/pid/nmjh_rekimin_a/23449017.html
・国立国会図書館『国立国会図書館月報』608号「すり鉢からみえる中世の社会」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3192136_po_geppo1111.pdf?contentNo=1
・一般社団法人和食文化国民会議「道具―すり鉢―」
https://washokujapan.jp/column/info-20240320/
・日本食品科学工学会誌「湿式微粉砕機で調製したスパイスペーストの特性および香気成分の放出挙動」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/70/12/70_NSKKK-D-23-00044/_article/-char/ja/
・日本調理科学会大会研究発表要旨集「現代におけるとろろ料理伝承の方策」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/35/0/35_198/_article/-char/ja/
※すり鉢の起源や伝来経路には複数の説明があります。本記事では、特定の説を確定した事実として扱っていません。
※粉砕方法による変化は、材料、器具、処理量、時間、温度、水分などによって異なります。