乳製品から見るカレーと食文化
2026/11/07
ヨーグルト、ギー、パニール、バター、生クリーム。
香辛料を使った料理には、さまざまな乳製品が用いられています。ただし、これらをまとめて「辛さをまろやかにする材料」と説明するだけでは、それぞれの役割は見えてきません。
ヨーグルトは酸味と水分を持つ発酵乳です。ギーは水分などを取り除いた乳脂肪で、パニールは乳を固めて作る非熟成の食品です。生クリームやバターとも性質が異なります。
また、乳製品を使わない料理や地域も数多くあります。
南アジアの古い乳加工の痕跡から、現在の調理で使われる乳製品の違いまでたどってみましょう。
目次
1.古代の乳加工と現在のカレーを直接結び付けない
南アジアでは、古くから牛や水牛などの家畜が人々の暮らしと関わってきました。
インド西部のグジャラート州にあるインダス文明期の遺跡では、土器に吸収された脂質を分析した研究から、紀元前2300~1950年ごろに乳を加工していた直接的証拠が報告されています。
ただし、土器から乳脂肪が確認されたことは、現在のヨーグルト、ギー、パニールと同じ製品が作られていたことを意味しません。
まして、現代の特定料理が当時から存在したと証明するものでもありません。
考古学資料から確認できるのは、その場所で乳由来の食品が加工されていた可能性です。具体的な料理名、香辛料の配合、調理工程までは分かりません。
南アジアの乳利用には長い歴史がありますが、その歴史と現在の料理を一本の線で直接結ばないことが大切です。
2.ヨーグルトは酸味と水分を加える
ヨーグルトやダヒは、乳酸菌などの働きによって乳を発酵させた食品です。
ダヒは南アジアで使われる発酵乳の名称ですが、地域、家庭、製造方法によって性質は異なります。日本で一般に販売されているヨーグルトと完全に同じとは限りません。
料理へ加えると、酸味、水分、乳由来のコクが加わります。肉の下味、煮込みの土台、料理に添える食品など、使い方も一つではありません。
ヨーグルトを使ったマリネが肉質へ影響する可能性は研究されていますが、肉の種類や漬ける時間、温度、酸性度によって結果は変わります。
ヨーグルトへ漬ければ、すべての肉が必ずやわらかくなるとは断定できません。
また、強く加熱すると分離する場合があります。常温へ近づけてから加える、少しずつ混ぜる、強く沸騰させないなどの方法が使われますが、適した扱い方は料理によって異なります。
3.ギーは乳から作る調理用油脂
ギーは、バターなどを加熱し、水分や乳固形分の一部を取り除いた油脂です。
国際連合食糧農業機関は、ギーを乳脂肪製品の一つとして説明しており、南アジアで広く使われているとしています。
水分が少ないため、一般的なバターとは加熱したときの性質や保存性が異なります。ただし、どのような環境でも長期間安全に保存できるという意味ではありません。
製造方法、容器、温度、開封後の扱いなどによって状態は変わります。
調理では、香辛料を加熱して香りを引き出す、米料理へ香りを加える、仕上げにコクを重ねるといった使い方があります。
ギーの香りや風味は製品によって異なります。牛乳由来か水牛乳由来か、どのように製造されたかによっても違いが生まれると考えられます。
「インド料理ではすべてギーを使う」と一括りにすることはできません。植物油、マスタード油、ココナッツオイルなどが使われる地域や料理もあります。
4.パニールは肉の代用品とは限らない
パニールは、温めた乳へ酸を加えるなどして乳たんぱく質を固め、水分を切って作る食品です。
熟成させないため、一般的な熟成チーズとは香りや食感が異なります。加熱しても形が残りやすく、角切りにして煮込みや炒め物へ使われることがあります。
パニールを「インドの豆腐」と説明する場合もありますが、原材料も製法も豆腐とは異なります。形や料理での使いやすさを伝えるための比喩と考えたほうがよいでしょう。
また、パニールを単なる肉の代用品と決めつけることもできません。
肉を食べない食習慣の中で選ばれる場合はありますが、パニール自体の乳の風味や食感を生かす料理でもあります。
宗教上の食習慣、家庭の好み、価格、乳の入手しやすさなどが、使われ方に関係します。
同じ料理名でも、パニールの硬さ、焼くか揚げるか、ソースの材料などは地域や店によって異なります。
5.バターやクリームが作る現代的な味
バターや生クリームを使う料理は、特に北インド料理を掲げる飲食店のメニューで見られます。
バターは乳脂肪と香りを加え、生クリームは水分と乳脂肪を加えます。仕上げに使えば、ソースの色や口当たりも変わります。
ただし、乳脂肪が入れば唐辛子の刺激が完全になくなるわけではありません。
脂肪分、たんぱく質、水分、温度、甘味、酸味などが組み合わさることで、辛さの感じ方が変わる場合があります。個人差もあるため、「乳製品を入れれば辛くなくなる」とは断定できません。
バターやクリームを多く使う料理について、すべてを古代から続く伝統料理として紹介することも適切ではありません。
飲食店での提供、冷蔵流通、乳業の発達、消費者の好みなどを背景に、現在の形へ変化した料理もあると考えられます。
料理名の起源や考案者について複数の説がある場合は、一つの物語だけを事実として扱わないことが必要です。
6.乳製品を使わない食文化もある
香辛料を使う料理のすべてに乳製品が入るわけではありません。
南インドやスリランカ、東南アジアなどには、ココナッツミルクやココナッツを使う料理があります。
ココナッツミルクは名称に「ミルク」とありますが、乳製品ではありません。ココナッツの果肉から得られる植物性の食品です。
タマリンド、トマト、酢などで酸味を加える料理もあり、乳製品を使わずに味の厚みや変化を作る方法は数多くあります。
乳製品を避ける理由も一つではありません。
地域の農業や気候、宗教上の食習慣、個人の好み、牛乳アレルギー、乳糖を消化しにくい体質などが関係します。牛乳アレルギーと乳糖不耐は異なるため、同じものとして扱わないことも重要です。
市販のルウや調味料には乳成分が含まれる場合があります。乳を避ける必要がある人は、料理名だけで判断せず、商品の原材料表示や店への確認が必要です。
7.コモやんの視点|乳製品を一つの役割にまとめない
ここからは、コモやんとしての個人的な考えです。
乳製品を使うときに、「まろやかにするため」という説明だけでは少し足りないと感じます。
ヨーグルトなら酸味と発酵した香り、ギーなら加熱した乳脂肪の香り、パニールなら形のある具材としての食感、クリームならソースの口当たりがあります。
同じ乳由来でも、料理の中で担う仕事は違います。
また、乳製品を増やせば味が豊かになるとも限りません。香辛料や野菜の香りを弱めたり、料理全体が重く感じられたりする場合もあります。
一方、酸味の強いヨーグルトを使えば、想定より鋭い味になることもあります。
大切なのは、「乳製品を入れるかどうか」ではなく、なぜその乳製品を、その工程で使うのかを考えることだと思います。
コモやんでも、乳製品を使う料理と使わない料理があります。乳製品を使わないことが不足ではなく、使うことが上位でもありません。
次に乳製品を使った一皿を食べるときは、辛さが穏やかかどうかだけでなく、酸味、香り、油脂、食感のどこに働いているのかにも注目してみてください。
一つの材料から、その土地の牧畜、加工技術、宗教、流通、現代の外食文化まで見えてくるかもしれません。
参考資料・出典
・Chakraborty, K.S. et al. “Compound specific isotope analysis of lipid residues provides the earliest direct evidence of dairy product processing in South Asia.” Scientific Reports, 2020
https://www.nature.com/articles/s41598-020-72963-y
・PubMed「Compound specific isotope analysis of lipid residues provides the earliest direct evidence of dairy product processing in South Asia」
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32999318/
・FAO「Types and characteristics of dairy products」
https://www.fao.org/dairy-production-products/products/types-and-characteristics/en
・FAO「The technology of traditional milk products in developing countries」
https://www.fao.org/4/t0251e/t0251e00.htm
・農林水産省「にっぽん伝統食図鑑 畜産加工品」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/chikusan-kako.html
・Mikołajczak, B. et al. “A Note on the Effects of Yoghurt Acid Whey Marination on the Tenderness and Oxidative Stability of Different Meat Types.” Foods, 2021
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8622493/
※乳製品の名称、原料、製造方法、料理での使い方は、地域や家庭、製造者によって異なります。歴史的な乳加工の証拠は、現在の特定料理の起源を直接示すものではありません。