食べる音から見るカレーと食文化
2026/11/03
料理を味わうとき、私たちは舌や鼻だけを使っているわけではありません。
揚げ物をかじる音、野菜が歯に当たる音、スプーンでソースをすくう音。食事中に聞こえる音も、食感や料理の印象に関係しています。
ただし、食べる音には二つの側面があります。
一つは、食品そのものから生じる音です。もう一つは、食器や食具の扱い方、食事作法と結び付いた音です。この二つを分けずに扱うと、「ある地域では音を立てる」「この音には古い歴史がある」といった不確かな説明につながりかねません。
本記事では、食品科学で研究されている咀嚼音を中心に、食べる音と食文化の関係を考えます。
目次
1.食べる音は味そのものではない
味覚とは、一般に甘味、塩味、酸味、苦味、うま味などを舌で感じる働きを指します。
これに対して、料理を食べるときの体験には、香り、温度、見た目、舌触り、かんだときの感触、音なども関係します。複数の感覚から得た情報を組み合わせて、一つの料理として受け止めているのです。
このため、食べる音が変わると、同じ食品でも食感の印象が変化する場合があります。
ただし、音だけで料理のおいしさが決まるわけではありません。好み、食べ慣れた経験、体調、周囲の環境などによっても感じ方は変わります。
音は味そのものではなく、料理の状態や食感を判断する手掛かりの一つと考えるのが適切です。
2.咀嚼音は食感を判断する手掛かりになる
咀嚼音とは、食べ物をかんだり砕いたりするときに生じる音です。
音は耳から聞こえるだけではありません。歯や顎の振動が頭の骨を通して伝わる「骨伝導」によっても知覚されます。
食品科学の研究では、ポテトチップスなどをかむ音の聞こえ方を変えると、サクサク感や新鮮さの評価が変化する場合があると報告されています。
日本食品科学工学会誌に掲載された研究でも、ポテトチップスの咀嚼音を強く聞かせる条件では、クリスプネスの知覚が強まる傾向が確認されました。クリスプネスとは、薄く壊れやすい食品をかんだときの、軽く鋭い食感を表す言葉です。
ただし、この結果をすべての料理へそのまま当てはめることはできません。研究対象となった食品や実験条件が異なれば、結果も変わる可能性があります。
3.一皿の中には異なる音が共存する
煮込み料理そのものは水分が多く、かんだときに大きな破砕音が生じにくい場合があります。
一方で、一緒に盛り付ける食材によって、食べる音は変わります。
揚げた衣、パパドのような薄焼きの食品、ナッツ、生の野菜、漬物などを合わせれば、パリパリ、カリカリ、ポリポリといった音が加わります。米の硬さや具材の切り方、加熱の程度によっても、かんだときの感触は異なります。
オノマトペとは、「サクサク」「とろとろ」のように、音や状態を言葉で表す表現です。日本語では同じ食品でも、状態に応じて複数のオノマトペが使われます。
ただし、「パリパリ」と感じる範囲や言葉の使い分けには個人差があります。外国語の食感表現とも一対一で対応するとは限りません。
一皿の音を考えることは、辛さや香りだけでは見えにくい、食感の組み合わせを捉える方法になります。
4.調理中の音は仕上がりを見極める手掛かりになる
食に関わる音は、食べるときだけに発生するものではありません。
香辛料を油へ入れたときの音、玉ねぎを炒める音、水分が沸騰する音、食材を刻む音など、台所にもさまざまな音があります。
調理する人は、見た目や香りとともに音の変化を手掛かりにしていることがあります。例えば、水分が減ると鍋から聞こえる音が変化する場合があります。
しかし、「この音になれば必ず完成」と一律に判断することはできません。鍋の材質、火力、油や水の量、食材の状態によって音は変わります。
また、特定の調理音がどの時代に生まれたのかを確定することも困難です。録音資料のない時代については、調理道具や文献に記された工程から推測できても、実際の音を正確に再現できるとは限りません。
音は便利な手掛かりですが、温度、時間、見た目などと合わせて判断する必要があります。
5.食器や食具の音には作法が関係する
咀嚼音と、食器や食具から生じる音は分けて考える必要があります。
スプーンが皿へ触れる音、箸を置く音、器を動かす音などは、食品の食感ではなく、使う道具や食卓の形から生じます。
農林水産省の食育白書では、継承されている食文化の例として、「音を立てない」などの日常の食事作法が挙げられています。
ただし、これは日本のあらゆる食事で一切音を出してはいけないという意味ではありません。料理の種類、家庭、世代、会食の目的によって、受け止め方は異なります。
世界の食事作法についても、「この国では音を立ててよい」と国単位で決めつけることはできません。同じ地域でも、家庭での食事、宗教行事、格式のある会食、日常的な食堂では作法が異なる場合があります。
食事の音を文化として紹介するときは、国民全体の固定的な習慣ではなく、特定の場面で共有される作法として捉える必要があります。
6.過去の食卓の音を正確に再現することは難しい
料理書、絵画、食器、調理道具などを調べると、過去の人々が何を作り、どのような器で食べたのかを推測できます。
しかし、それだけで当時の食卓の音まで分かるとは限りません。
木製の器と陶磁器では、食具が触れたときの音が異なります。箸、手、スプーンのどれを使うかによっても、食卓から聞こえる音は変わります。
それでも、記録に残っている道具や食事作法から、「現在とは異なる音の環境だった可能性がある」と考えることはできます。
ここで大切なのは、推測と確認できる事実を分けることです。録音のない時代について、特定の音が日常的に聞こえていたと断定することはできません。
食の歴史を音から考える試みには面白さがありますが、残された資料の範囲を明示する必要があります。
7.コモやんの視点|音まで含めて一皿を考える
ここからは、コモやんとしての個人的な考えです。
とろみのあるソースとご飯だけでは、食べ進めるうちに食感が均一に感じられる場合があります。
そこへ、歯触りの残る野菜や揚げ物、ナッツ、漬物などが加わると、食感だけでなく音にも変化が生まれます。最初はパリッとしていた食材がソースを吸い、少しずつやわらかくなる。その移り変わりも一皿の楽しさだと思います。
ただし、大きな音ほどおいしいという意味ではありません。やわらかく煮た豆や野菜には、強い咀嚼音がなくても別の魅力があります。
店内では、料理そのものの音だけでなく、会話、調理場、食器、空調など多くの音が重なります。静かすぎても緊張し、騒がしすぎても料理へ集中しにくくなることがあります。
だからこそ、食べる音を単独で評価するのではなく、その料理を誰と、どのような場所で食べるのかまで考えたいと思います。
次に一皿を味わうときは、辛さや香りに加えて、最初の一口から最後までに聞こえる音にも耳を傾けてみてください。普段は意識していなかった食感の違いが見つかるかもしれません。
参考資料・出典
・農林水産省「おうちで和食・低学年教師用教材」
https://ouchidewashoku.maff.go.jp/pdf/print/teigakunen_teacher.pdf
・農林水産省「食文化の継承に関する考え方や実践状況」
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/wpaper/r2/r2_h/book/part1/chap2/b1_c2_1_02.html
・杉山妙、村野賢博「“音”による食感の可視化」『オレオサイエンス』2020年20巻11号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/20/11/20_515/_article/-char/ja
・神山かおる、鈴木丈詞、早川文代「スナック菓子の吸湿による食感劣化に対する咀嚼音の聴覚フィードバック効果」『日本食品科学工学会誌』2024年71巻5号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/71/5/71_NSKKK-D-23-00089/_article/-char/ja/
・Spence, C. “Eating with our ears: assessing the importance of the sounds of consumption to our perception and enjoyment of multisensory flavour experiences.”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4277101/
※咀嚼音に関する研究結果は、対象食品や実験条件によって異なります。また、食事中に許容される音や作法は、国だけで決まるものではなく、地域、家庭、世代、料理、会食の場面によって異なります。